夏と冬の日記

日記とか諸々の毒吐き。

鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす

 

最近どうもこの諺がチラついては私をイライラさせる。

鳴くことも光ることもできない人間が1番哀れだとそう捉えてしまう、捻じ曲がった偏屈な人間の書く散文。

 

どれだけ努力しようが、相手に気づかれなければ、至極当然その努力は無意味と化す。

簡単に言えば、人に慣れていて、他人に近づくことが出来、話すことが出来る人間がまあ人目により多くつくわけで、そう言う人がモテるわけで。

そういう人を世間的にも、私個人も「軽い人」と銘うつ。

 

そこには、そんな人の方が恋愛はうまくいくし、生物として優れているのかもしれないという、自分を落ち着かせるための半透明な偽善、

それと、どうか軽い人同士でくっついてくれという鉛色の嫌悪を含んだ嫉妬があったりする。

 

つい最近まで片思いしていた。2年くらい。そんなんでも終わりは案外あっさりだった。

振られたわけでも、相手に彼女ができたわけでも、好きな人がいたというわけでもない。

詳しく書くのもだるい。私からしたらそれなりの理由があってそんな簡単にやーめたってわけじゃないけど、後には引いてない。

 

多分好きだったことは一生相手には言わない。仲良い友達が丁度いいなって気づけて良かった。

鳴かずとも身なんか焦がすか。

 

こんだけだらだらと駄文を打っているが要するには好きな人が欲しいねの一文で終われる。

言霊と幻痛 2/08

言葉は呪いだとか、言霊だとか、そういったものを小さい頃から人よりも信じていたように感じる。

だから、冗談でも死ねという言葉を声に出して言いたくない。

その言葉を打っている今も少し鳥肌が立つ。

6歳までほとんど人と話さない環境で育ったが故に生じた話す事への不慣れと少しの畏怖。

その行為に、かなり神経を注ぐ。

話すことは好きなはずなのに、時々出所の知れない疑心がチラつく。

 

外の世界には攻撃的な言葉が多い。

不意に顔を上げると、目も耳も塞ぎたくなるような瞬間で溢れていることに気づく。

たとえその棘が冗談でも、自分に向けられていなくても、

何故だろう無いはずの脾臓に幻痛のようなものがある。

だから応急処置的にヘッドフォンで塞ぎ、目を瞑る。

なんだか今日も痛むな。

 

家にいれば、自分と、それから自分の好きな本の言葉だけしかない。

テレビは有るけど付けない。電気すら付けない。

灯はスタンドライトだけ。昔から物置とかクローゼットの中とか暗くて落ち着く場所が好きだ。

 

家に閉じ籠っている時、世界は黙る。

電気を消している間、世界は眠っている。

そんな感覚、否ただの思い込みにより、初めて安心感を持つ。

言葉を話さないロイと昼盲のような自分だけ。

 

感傷的な訳ではなく、無感情に近い。

いや、なんだか違う。

攻撃的な有象無象から一番遠いところに逃げたい。

焦燥感?これも違う。そういった速度のあるものでもない。

ただ暖かく感じる場所にいつまでもぬくぬくと蹲っていたい。息すらもせず、化石のように。

 

など、ドロドロと考えて時間を喰う。

相変わらず暗い部屋。

とか何とか綴っていたら存在しない脾臓の痛みが引いてきた。

今日はもう何もせず、このまま眠ろうと思う。

病か薬か

恋は病とはよく言う。

誰が言い始めたのかは知らないが本当にその通りだと、恋をした時に知る事ができる。

恋は恐ろしい。

 

ずっと好きな人が欲しかった。恋バナを聞く側の人間でいた。2回好きな人ができたりもしたけど、単なる興味に近かったのかも。大学生になって余計に難しさは加速した。

 

そして今に至ったりする。

よく好きな人欲しい、、と言っていたのでいざ出来たら、周りに「私全然好きな人できなくて、、どうやったらできる?」と相談される頻度が増えた。

ずっと私もそう思っていた。同じような人が何億もいる中で1人の好きな人を見つけるなんて無理だろうと。そもそも人間より熊とかヘラジカとかの方が好きだし…とか思っていた。

 

ただ唐突に病にかかっていたことに気づく事がある。

DMやLINEの通知だけで、一瞬息が止まってしまったり、その返信に無駄に時間かけて悩んだり。

人を誘う事ができない自分が自らご飯に誘ってみたり。そんな慣れないことして失敗したり。

その人が心を占める割合が増えただけで、ここ数ヶ月ずっと病み期など縁遠い物だったし、何故か体調も良くなるし、通っていた精神科医に褒められるし。

その人に関する少しのことで一喜一憂するものの、前みたいに辛く苦しくなる事はない。

病ではなく、薬である。そう言いたい。

 

好きなところは、ご飯を一緒に食べると美味しく感じるところ。本当に仲良くなった人じゃないと、緊張で味がしなくなるはずの私が。なんだか初めて一緒に食べた時から美味しく感じた。

 

 

帰省まであと10日

テスト終了まで残り2日。あと4つ受ければ終わりだ。

そして10日後には実家に帰れる。

今回の帰省は1年ぶり。

まあ離れている間も母や兄とは電話したり、父とはちょくちょくラインしたりしていた。

家族ラインもお互いしょうもないことを話したりするので、そこまで久しぶりという感覚はない。

 

楽しみだ。すごく。

ただ一つ気がかりなのは、鹿児島の友達にしばらく会えないこと。

そんなこと言ったら地元の友達とはずっと会えていないんだけど。

鹿児島での友達と地元の友達はすごく心の中で違う場所に置いている。

どっちが中心に近いとかはないし、どちらも変わらず好きなんだけど。

 

とりあえずテストが終わったら、髪を染めて、ロイを飛行機に乗せる書類を書いて、

荷物まとめて送ろう。

約束していた人たちとご飯行って遊びに行って、

それから家族1人ずつにお土産を買って、自分にもこっそり買って、

飛行機の中で全部食べて証拠隠滅しよう。

よし完璧。

有心論

自分の1番好きなところ、見た目の面と、精神的な面一つずつ言えって言われた時、皆さんはどう答えますか。

 

きっかけとかも特になくふとそう思った。

なんて書いてたらちょうど有心論が流れてきた。3000曲入ってるスマホのシャッフル再生で。

「自分の中の嫌いなところ 自分の中の好きなところどっちが多いかもう分かってて悲しくなった。」

偶然にも奇跡にも程がある。

 

話を戻して、自分の好きなところなのだが、

見た目はもうわかっている。

母と全く同じこの目。

少し三白眼気味で、苦手な人の前だと目つきが悪いと言われるこの目。

好きな友達の前だと光をすごく入れてくれる目。

 

精神面は、、どうしよう、嫌いなところはとめどなく出てきて、

そんなこと考えていると祖母がお説教してくださる幻聴が耳介の奥で聞こえる。

恐怖で手先が震えて、吐きたくなる。

 

前はそれでどんどん底なし沼に沈むだけだった。

今では左心房に勝手に君を置いてる。

 

通知ひとつで止まろうとしていた心拍を上げてくれるならと。

 

今なら自分の好きなところは一途なところ、と答えられそうな気さえする。

恋愛の話、怖い話

大学生になって恋愛の話が怖い話ばっかりになった。

なんで急にみんな怖くなるんだろう。

 

大好きな友達の浮気の話、

男女問わず誰でもいいから付き合いたいみたいな動きしてる人、

SNS上できらきらして、実際は嫌な話ばかり出てくるカップル、

カップルの片割れに手出す奴も、出されて断らないやつも。

別れてからでいいじゃん。

 

色んなギャップで風邪をひきそうになる。

自分が免疫ないだけか。

 

好きでもない異性に触れられるのも、2人きりの状態でどっちかの家にいるのも違和感がある。

 

でもこの感性を捨てたくないな。

で私の好きな人も、近い感性を持っていたらいいな。

 

3日間書いて消してを繰り返して出来た文章は汚い

私の祖母は本当に本当に厳格な人で、2人で住んだ6歳までの期間は壮絶なものだった。

テレビも歌詞のある音楽も勝手に喋るのも禁止。人に借りを作ったり、助けを求めたりするのは私がやってはいけないことだと育てられた。


まあ私の生い立ちはとても聞いて気持ちのいい話ではないので端折ろう。


大学に入って2ヶ月が経った頃祖母から電話が。

祖母は「あなたに一人暮らしは無理だ。退学して戻って私のとこで働きなさい。」と仰った。

その時生まれて初めて反抗心が湧き、そのままの勢いでNMの部室へ。はじめましての栫井さんがご飯を奢ってくれて、白木原と3人で食べた。なんやかんやあって気づいたら髪の毛ブリーチしてYAMAHAのBBを弾いていた。

 

初めてのことばかりで本当に楽しかった。ずっと部活禁止だったから先輩、後輩ができるのも初めてだった。高校3年生まで、門限が夏は18時冬は17時だった私が、深夜も深夜に部室に行くなんて。

初めての夜練の帰り道、自転車に乗って見る星空がこの世のものとは思えない程綺麗で、1人遠回りして帰った。


世の中のことを知らない私は変な人だと思われるのが1番怖かった。

ただ入部したNMは変な人だらけ。そしてなんだか暖かかった。

大学1年の春にまあ色々とあって男性恐怖症になり、家でも病院でも学校でも吐くような生活を送ったが、何故か軽音サークルの人は平気だった。

 

辛い時には話を聞いてくれる人がいて、自分のコンプレックスを褒めてくれる人がいて、下手な話で笑ってくれる人も、雷が鳴った時に急いで連絡してくれる人もいる。隠し通そうと思っていたのに思いがけず吐いてしまった錘を、受け止めてくれる人が絶対にいることを21歳にして知った。

そういう相手に歳や性別や立場なんて関係ないことも。

 

生きていちゃいけない子だと言われていた私がこんなにも生きれている。

生かされている。

 

何の根拠もなく大丈夫がそこにあって、悲しくない涙が流せることも知った。

 

あの6月の数秒の反抗心が私の人生を大きく変えてくれた。

軽音サークルなんてものに入ってよかった。

 

 

 

追記:

後輩へ

本当に可愛くて良い子しかいなくて幸せでした。ダメダメな先輩なのに懲りずに話しかけてくれてありがとう。

全員1人残らず大好きです。

憧れてますって言ってくれた時、照れて塩対応したけど、帰って泣きました。

老害って言われない程度にみんなのステージ見にいくね。かっこいい姿もっともっと見せてね!

あと一年生には隠していましたが、お酒飲むの割と好きなので、誘ってくださると嬉しいです。

 

先輩へ

一年生の頃から沢山組んでくださってありがとうございました。

楽器でも人としても追いつけないです。全部がかっこいいです。

特に一個上の先輩方は本当に仲良くしてくださって、引退した時に自分もサークル辞めるって言ってたんですけど、今では続けてよかったと思えています。

先輩方も1人残らず大好きです。

 

同期へ

私に世の中が楽しいと教えてくれてありがとう。

笑わせてくれたり、旅行に誘ってくれたり、髪色変えた時は私よりもはしゃいでくれたり、くだらない話で朝まで一緒に過ごしたり。

貰ったものばかりで何一つ返せていないのが悔やまれます。こんな人間の名前を呼んでくれて、友達だって言ってくれてありがとう。

恥ずかしいのであまり言えませんでしたが、本当に本当に大好きです。